昭和五十六年十一月三十日 朝の御理解


御理解第八十九節
「此方の道は傘一本で開くことができる」


 合楽で云われます簡単です、明瞭です、しかもおかげが確かですというような事をまあ合楽のキャッチフレーズのような御理解を頂いた事がありますが、このみ教えも何かそんな感じがするみ教えですね。糸簡単に一口でそう云うておられる「此の方の道は傘一本で開くことができる」
 確かに、これをお取次下さった金光大神から見れば確かに、傘一本で開ける道であった。それを少し、まあ具体的に云うと合楽で云われる“心ひとつで全てを創る”と簡単ですけれども、自分の心ひとつを自由無碑というか自由自在に使いこなせれる信心、又は自分の心が自分ながら拝めれるような有難い心にしていくという事他以外にありません。もう難しい事も特別に秘訣という事もない。心ひとつだというわけ。ね、おかげを受けられんのは心の使い方が出来てないからだ、心が受けものが小さいからだとかという事にまあなるわけです。
 確かに合楽理念をもってするとまあ、成り行きを尊ぶとか大切にするとか土の心というふうにもいわれますから、成り行きそのものを大事にしていけばいいのですから実に簡単です。又どのような場合であっても、土の心ひとつでそれを受け抜いていこうとするのですから本当に糸簡単です。けれども、それをいよいよ明瞭なものにしていくという所に私はね、傘一本で、兎に角、確かなものにしていく手立てがいるという事になります。
 昨日、私の心の状態がね、まあいうなら一年一年有難い事になってき考えようでは、こんな味気のない人間が人間らしゅう生きるという事の観点が、私が昨日お話を申しましたような事におかれるとまあ場合によっては本当に無味乾燥な感じも受けるけれども、なら私自身は悲しい事もなからなければ特別嬉しい事もない。只、あるのは有難いというものだけなんだ。
 どんな場合であっても、有難いという答が出していけれるその、私は裏には内容にはね、やはり日々の信心、私なりの修行があってからの事だと思うです。ね、例えば親を亡くして悲しくないといえば嘘になりますけれども、私の場合は考えてみるとそんなに悲しい事ではなかった。勿論、九十いくつまでも長生きのおかげを両親とも頂いておったから、もうこれ以上の事はという事もいえるのですけれども、これには私の例えば親に対するまあ一般でいうなら親孝行。ね、又私は信心でいう所の親孝行。それは例えばまあ撫でさすりしてやるような有り方もやはり親孝行と。ね、親孝行というのは、親に喜んでもらう安心してもらうという事なんですよね。それを間違えてね、着物を作ってやる、隠居所を作ってやる、お小遣いを十分にあげるといったような事だけが親孝行のように思うておる。温泉に連れていく、そんな事が親孝行が出来たというふうに思うておる人がありますけれども私の親孝行は違っておった、ね。
 昔、ある村に大変親孝行で評判の息子がおった。お殿様から親孝行の子供達に子供にご褒美を下さることになったその下調べがあった。その下調べに来た所が、丁度野良仕事から帰ったばかりの息子それに母親が洗い桶を持って行ってやって足を洗ってやっとるところであった。それでその調査に来た侍が、親孝行と云うて聞いて来たんだけれども親に足を洗わせるような息子が何が親孝行かと言ったというのです。それでその息子が申しました。兎に角、親が喜ぶ事、親が安心してくれる事それが私は親孝行だと思います、と答えたという事です。
 私もそれによく似た、私が一週間に一辺位しか両親の部屋にまいりませんし、夕食を一緒にさしてもらうそれが両親はもう楽しみでした。そすと、母がテレビを見ながら私が足を投げ出しとると私の足を一生懸命やってこうやって揉んでくれるんです。もう胸がジーンとする事嬉しいんですけれども、母も嬉しいんですね。もうずーっと朝から晩まで座っとるけんのちいうちから私の足を揉んでくれるんです。それをほんなら例えばある人の事、親先生はお母さんに足どん揉ませちからという事になるかも知れませんね。だから、私のいうなら親孝行というのはそうではなかった。その印をいつも私は引いたら足してみる、足したら引いてみるというふうに、皆さんも御承知のようにそれこそ腰ひとつ揉んでくれ、肩が凝るといったような事が御座いませんでしたね。神様がおかげ下さってあるんです。
 私が純毛のシャツを着る時には、父はメリヤスのシャツでした。亡くなる四、五年前位からでしょうか。私が何か特別まあ世界でも少ないといわれる何か獣の毛で作ったという純…何かというシャツを毎年頂くようになりました。その頃から父は純毛のシャツを着るようになりました。親には木綿のシャツを着せて、自分は純毛のシャツを着る。まあ私の場合はそうですから見方によっては親孝行、親孝行と云いなさるけれども、親孝行しておらんかに見えます。ね、ところが両親は私にはメリヤスどん着せてというて不平不足をいうのじゃない、もう兎に角、只々もう私の事を先生、先生と両親ながら呼ぶ。もう先生のおかげで毎日極楽させてもろうてと言うて喜んでおりました。そしてなら、身体の上にも健康の上にもおかげを頂いて、どこが痛い痒いもなしにおかげを頂くほどしのおかげを頂いて、もう兎に角爺っちゃま婆しゃまの部屋に行くともうあそここそ本当の極楽部屋であろうと、夏は涼しゅうして、冬は暖かさ温室のように暖かいというような間取りの具合いというでしょうか。そういう天然のおかげを頂いておった。
 ね、私が別にお小遣いをあげるという事ではもなかった。もう誰かがそれこそいつも甘菜辛菜を、あちらの例えば久富先生が婆しゃま爺っちゃまん所にまあ何か行かれますともうすぐお酒を酌んでからでよりました。久保山先生のように甘いものが好きなというと、甘いものをすぐお茶と甘いものを出しよりました。いつも甘菜辛菜が神様が準備しておって下さるわけですから、そうしてまあ出来たわけでございますけれども、そりや私がしてやっとったという事でも何でもなかった。私はむしろ、お世話になりに行くような事でしたけれども、それが親としては嬉しい事であり楽しい事であった。ね、私はね、そこから生まれてくる親孝行そこから生まれてくる安心でなからなければ本当なものではない。はあー今日も行かずに、足を揉んでやらんじゃったがというてもう例えば足を揉んでやる事だけが親孝行であるとすると、いけない時にはもう親不孝という事になるじゃないか、ね。
 私は、この傘一本で開ける道というまあここでは簡単です、明瞭ですともう簡単な成るほどふな、土の信心になりさえすればとか、成り行きを大切にしていけさえすればもういいんですねと、たったそれだけの事だけれども、それが自分の血に肉になる為にはやはり日参りもしなきゃならん、夜参りをしなきゃならん、教えも頂かなければ出来んのです。いわゆる、それが段々明瞭にわかってまいりまして明瞭に自分の血に肉になっていくという事、ね。私は親孝行にでも段階があると思う。ね、本当の本当の親孝行とは、どういう事だろう。ね、そこから生まれてくる安心。私が、例えば一週間両親の部屋にまいりませんでも私の心はいつも安らいでおる。ね、いつ行っても両親は喜んでくれる、ね。
 ね、私が一生懸命本気でほんなら私は私の信心のこんな事では、例えば終戦、引き揚げ、そして食べる物にも事欠くといったような中にあって、もう親孝行したいばっかりに例えば北支あたりまでにもまあいうならば働きに出らせて頂いたのに、裸一貫同様で帰って来たんじゃもう目も当てられないと思うた。ね、そこで私は思うた。この親に喜んでもろうてね、親が亡くなったら翌る日から又貧乏になってもいいから、いわゆる商売人ですから当時は儲けさして下さいというのでした。親が安心さえしてくれればね、ですから本気でそれを思うてその手立てを神様に願わせて頂いて段々ね、撫でもさすりもおさい銭ひとつあげなくっても親が最高に喜んでくれる手立てが、私の信心を段々明瞭になっていくに従ってそれが出来るようになった。
 ね、傘一本で開ける道、まあ傘という事をここでは安心というふうに申します。信心によるところの安心。ね、その安心の内容は勿論喜びであるとか、なら昨日の御理解から言うとまあ恐れ入った生活とでも申しましょうか、信心の喜びと驚きといったような内容が日々出けて始めて生まれてくるのが安心なんです。ね、傘一本を頂く為にはねその神様の絶対、神様のもう本当に間違いのないとい
う事を分からしてもらう。このようにも間違いのない信心も出けんのにおかげを頂いてというそこの日々の体験があってはじめてね、いうなら平静心も生まれてくれば安心も生まれてくる。その内容はどこまでも喜びと驚きである。
 昨日御理解を頂いて下さって、熊谷さんがここでお届けをされますのに昨日は丁度幹三郎のあの病気の事のお話させて頂きましたが、先生あの時は丁度あのー婦人会でみどり会の方達で親奥様を中心にして信心実習に行きまして、帰りましてからで御座居ました。親先生の部屋に御挨拶にまいりましたら、親先生から幹三郎がこうこうと聞かれた時にはもうそれこそ何か血が凍るような思いがしました。
 ね、たまたまその日、三人のお医者さんがね修学旅行だというので校医の先生が見られて旅行に連れて行かれないという、同じゅう田主丸の小野先生がいわゆる親親戚である所の西見先生から、あんたんとこがお参りしよる教会の息子さんな只の病気じゃなかばい。こうこうばいて。医者がおってからあんたんどういう事かというてまあ電話がかかった。丁度その日に三人の先生方からそういうふうな、でその晩にその話を聞いておられた野口さんがもう早速、自分の嫁婿である所の富永先生に連絡を取られたからもうそれこそ取るものも取りあえず小倉からお出でて頂いた。その話を私が婦人会の方達が来たけれどもね、私は今日は三人の先生方からこういう事を聞いたけれども、私の気持ちはひとつもこうまあいうならば、これから先どのような事が起こっても驚いてはならんぞ、と教祖様が教えておられる驚かんですむという事は有難いという話をしたんです。
 もう私共はその話を聞いてから、それこそ何かこう血の引くような思いがした。親奥様も一番前でこうやって聞いておられましたが、もう親奥様の表情がもうピリッ!!とも動かなかったのに私は今でも覚えておりますが、驚きましたという。昨日私はそんな話はしなかったけども昨日の話から連想して、熊谷さんはそうここでお届けがありました。ほんにそげなこつでしたねーとこう言う事です。
 ね、家内の心の中に傘一本があったと私は思うんです。ね、それはなら家内からいえば主人である私、親先生が平然としておられるからというものもあったでしょう。まあここで皆さんが、本当に先生どうしましょうかというて飛び込んでくるような時であってもね、私がそればまあ何ていうかな、そげん大した事っちゃなかがのと云うような態度でお取次をしたその態度を見ただけで、はあー親先生がニコニコしてお取次してくださったからというて、帰りがけ安心して帰るでしょう。ね、その安心が次のおかげを呼ぶのです。いうなら、私の信心をもうそれこそ日々見て来ておるのであり、聞いてきておるのである、いうなら家内の心の中に傘一本があったんです、ね。 
 ですから、その傘一本というのが簡単にここでは云うてありますけども、簡単ではない事がわかります。親孝行ち云うても、親に本当に喜んでもらえる安心してもらえるというのは一辺で出来るものではありません。それをほんなら私の場合は、撫でたりさすったりおさい銭をあげたりするという事だけじゃない。問題は、両親が本当に助かってもらわなんならん。喜んでもらわやんならん、安心してもらわねばならんという所に焦点がおいてあったと。傘一本を頂くという事にもです。焦点を間違えたら頂けません。只おかげおかげが焦点であったなら安心、これほど信心するのにというようなものしか生まれてきません。
 焦点が信心、信心を頂く事んため信心に焦点がおかれてそれが段々明瞭になってくればくるほど、自分の心の中には安らぎが生まれる。安全感がある。いつもある。安全感が安心ともなるね。そしてこの心の状態でいけばですよ、ね、例えばあの世行きも大した怖い事でも悲しい事でもないんだなというような、いうなら死生の安心まで生まれてこようというのが私は信心だと思うです。
 ね、だから目指す所がね本当な所へ目指さないとね、なるほど合楽の信心は話を聞きゃあ簡単だけどもだけではいよいよの時に役に立ちません。ね、簡単であるという事が明瞭にいよいよしかも焦点を間違えずに、明瞭になっていく時に生まれてくるのが傘一本であり安心です。ね、勿論安心の内容は信心の驚きと喜びというふうに今日は聞いて頂きましたね。どうぞ。